とある美術教師の制作日記

絵の制作や教育のことなんかのつぶやき

アニメから若い子の価値観を考える

絵を描く時には大体何か動画を流しながら描いている。

冬休みから生徒に勧められたアニメとアマゾンプライムで上位に上がっているアニメを数種類、見てみた。

SPYxFAMILY、機動戦士ガンダム水星の魔女、ブルーロック、チェンソーマン、ワンパンマン等々。

今は価値観が多様化している時代ある。

生徒や若い人の流行を把握することは難しい。

さらにインターネットで様々なものを、それぞれの人が追うことができるので、

生徒の価値観などを知ることは簡単ではない。

そんな中でまだ追いやすいものがアニメではないかと思う。

それでも追うことができるのは価値観の一端だろうけれど。

 

アニメの原作である漫画自体は、最近、書かれたものであるし、

作者も今の時代を生きながら描いており、

今の若者たちに向けて描いていると考える。

そんな作品の中で若者たちは、面白いと感じ、共感できる作品に反応していると思う。

だから漫画やアニメに若い人たちの価値観が反映しやすいのではないかと考える。

ただ、漫画、アニメにも興味がない子どももいるのも時代だ。

 

結論から言うと以前(10年以上前)より「残虐」なアニメが増えている気がする。

一番のきっかけは、僕は進撃の巨人だと考えている。

進撃の巨人は、親しい仲間が簡単に死んでしまう。

キャラクターのエピソードにちょっと触れ、視聴者の興味を惹きながら

あっさり殺してしまう。死ぬ時も巨人に食われたり、引きちぎられたりしてしまう。

実際の戦争もそうなのだろうが、

現実の死のように登場人物たちはあっさりと残酷に死ぬ。

それが衝撃的で、その残酷な現実的なキレの良さが

大きな魅力だと僕自身も感じた。

人間より遥に大きい巨人に立ち向かっていく姿。

みんな登場人物がそれぞれ少し変わったところがあり、

笑いと残酷さと力強さが共存しているような。

暗い絵柄も合わさって、ダークファンタジーというジャンルに入っている。

 

鬼滅の刃「無限列車」の映画の大ヒットは、コロナ禍だった。

千と千尋を超える大ヒットになり、それまでは知らなかったけど、

アマゾンプライムに加入するようになって、興味を持って鬼滅の刃を見た。

いざ、見てみるとキャラクターの魅力に溢れた作品ではあり、面白い。

僕は登場人物の名前やデザインもセンスが光っていて良いなと感じた。

明治時代くらいの設定?和の装いなのに古くなく、おしゃれに感じる。

けれど、主人公の炭治郎の家族を鬼に殺戮される衝撃のスタートや、

自分達と鬼のどちらかが死ぬまで戦う、命をかけた壮絶な戦いを見て、

重いなぁ、苦しいなぁと感じてしまう。

戦いがない時は、平和で微笑ましく笑える話も多くあり、それも魅力だ。

話のメインは、お互いに切りあい、血だらけの戦いで

最後は鬼の首を落とさないと終わらない。

鬼も元は人間で苦しい生き様の中で鬼へと落ちている。

それが主人公たちに殺される間際で浄化される。

そこには癒されるところもあるのだけれど、壮絶だ。

 

チェンソーマンはアニメに年齢制限がかかっており、

悪魔を殺していく話で、悪魔を斬り殺し、内臓が飛び散る。

また、主人公の仲間も体の一部や命を削って、悪魔と契約して自分の力として利用しながら、敵の悪魔と戦う。

元々、エロさ(そんなにない)、グロさは狙って作られた作品だ。

そこにかっこよさを表現した作品だ。

ただの戦い漫画かというとそうでもなくて、戦い方の爽快感や

悪魔の能力設定、演出、世界観など、他の作品から一線を画しており、

完成度の高い、すごい作品だなと感じた。話題になるだけある。

でも、やはり死の影のある重い作品である。

 

これらのアニメの原作である漫画自体はコロナ禍以前のものだと思うが、

コロナ禍の閉塞感がある意味、それから抜け出したいエネルギーの篭った

暗く、暴力的な作品が人気を呼んでいるのではないかと感じた。

鬼滅の刃の映画のヒットもコロナ禍で制限が大きな時期だ。

そんな状況で400億円も興行収入を上げたのはすごいし、

それなりに理由はあると思う。

 

僕らくらいのドラゴンボールを見て育った世代は、敵はやっつけるものであって、

殺すものではなかった。敵も時には仲間になった。

命を奪うことがあっても一瞬だった。

 

死の直前のギリギリの状態では、ボロボロであっても、

今の作品のように体が切り落とされていたり、

武器が刺さっていて、血まみれになっていたりは、あまりなかった。

ある意味、今の作品の方がリアルで、昔の作品はリアルでなかった。

そういう表現をするアニメ、漫画が子どもたち、若い人を中心に支持されているのことに時代を感じる。

 

今週、少人数の美術の授業で制作しながら、生徒からこんな話があった。

「冬休みに学童保育でアルバイトをしていて、驚いた。小学生がチェンソーマンみたいな漫画を話題にしていてヤバイ。自分達の頃は妖怪ウォッチが全盛だったのに。」

妖怪ウォッチを僕は見たことないが、ポケモンみたいに妖怪のキャラクターが出てくるメダルで呼び出して?戦うアニメかな。ギャグとか多そう。

妖怪ウォッチには人を陥れたり、殺し合うことはないはずだ。

チェンソーマンが悪い漫画とは言わないけど、こういう殺戮がある漫画が受ける時代には何か、心の影を感じてくる。

ただ面白いからの理由で片付けられない。

今の子どもたちはいろいろな情報に簡単にアクセスできる。そのことがグロいもの、エロいものが子どもたちにも降りてきて、低年齢化している。

 

今の中高生は、昔のヤンキーみたいに暴れ回ることない。

直接的な暴力などはなくなり、そういう点では良い子どもになった。

でも、その反面、心の中では闇や暴力的な影があるのかなと考えてしまう。

コロナ禍や人口減少、貧困、環境問題、様々な格差など、そういった社会問題に対する

悪い反発みたいな感じで残虐な作品に人気が集まりやすくなっているのかなと思う。

そこにはもちろん、同じ時代を生きる大人も参加しているのだけれど。

作品のファンの人には悪い気にさせてしまい、すみません。

 

ちなみにSPYxFAMILYは見て、ほっとした。

凄腕のスパイの夫、超一流の暗殺者の妻、心を読むことができる超能力者の娘の3人が互いの本業を知らないまま一緒に暮らす、偽装の家族。

笑いと家族愛があって、小学生の子どもにも安心して見せられるアニメ(漫画)だ。

僕はSPYxFAMILYが好きだな。

こんな漫画がもっと時代にウケていくと良いと思った。

 

ふと、生徒が先ほどの意見を聞いて、感じていた考えをまとめてみました。

もちろん、まだ他にもヒットしているものがあり、全部を見て語っているわけではないので語弊もあると思います。