囲碁ってシビアだよなぁ。
子どもが子ども囲碁教室に通っている。もう3年経とうとしている。

通わせ始めた理由は、学童が年齢制限で利用できなくなるので代わりに行くところを探していた。
学校からの帰り道にあった子ども囲碁教室が週に6日、午後2時から6時まで開いていて、帰りに寄れて宿題もしていい。
月謝も3000円で兄弟は1500円と安い。
囲碁か、将棋は習わせて、思考力を鍛えさせたいなと考えていたのでそこもちょうど良かった。
通わせてみると子どもはどんどん強くなり、親には全然、ついて行けなくなった。
うちの県の子ども囲碁は年に10回ほど大会がある。トーナメントではなく、4試合をし、3勝以上が昇級する。段になるとルールが変わるみたいだけど。
年に2回の大きな大会では4勝すると2級上がる。
強い子は教室内の判断で昇級する時もある。
うちの子はあと少しで実らなかった。
今、小6の息子が5級、小4の娘が8級だ。
20級からスタートして、初めの頃は大会で4勝することもあったけど、最近なかなか昇級が難しくなった。
そして、球が上がると対戦相手である同級の他の教室の子が少なくなった。
同じ級に4人くらいしかいない。0人の級も。
同教室の対戦はないので別の級の子とハンデ戦を行う。
囲碁のシビアさは、現在、大相撲を開催しているが、大相撲と同じである。
単純に考えて、大相撲が勝ち越し(15試合で8勝)以上できる人が半分未満だし、勝ち続ける力士もいるので勝ち越しできる3分の1かそれ以下だろう。
だから子ども囲碁大会で3勝以上はかなり少なくなる。
また、囲碁は個人種目で教室に行っても基本毎回、勝ち負けがつく。
これがサッカーみたいなチームスポーツだと、負けの責任は分散するし、今日はパスの練習だ、シュート練習だと、苦手な部分や得意な部分に集中的に合わせて取り組むことができる。
囲碁だと1日の教室の中で必ず、何度も勝ち負けを味合う。
ただの練習で終わることがない。
そうなるとどうなるかというと、人の出入りが激しくなる。
なかなか勝てなくて1年以内に辞めてしまう子も多いし、小学1、2年生ですでに20級から1級を乗り越え、段位を持つ子もいる。
天才ってこんな感じかなと思うけど、それでもプロになる子はさらにごく一部だろう。
うちの子には別世界の世界だけど。
漢字すらよく使えないのに心身の成長の流れに乗って囲碁を吸収してるんだなと思う。
このプログを大会を見ながら書いていた。
小6の子が1敗スタートで残り3勝してなんとか昇級となった。
5ヶ月ぶりだ。
サッカーワールドカップの予選のように第一試合を負けると予選突破の確率が大きく下がる中、気持ちを切らさず、頑張った。
妹は1試合目勝ったけど、昇級できなかった。前日に遊びに行って、教室に行かなかった差が出たかな?
小さい頃に勝敗を味わう経験は大事だと思う。
そんなに人生は上手くいかない。良い経験をしている。

本当は勝ち負けには直接関係ないけど、日頃の行いって気にするよね。
教育に関わる者として気になる。もちろん、毎日の積み重ねがメンタルや体力、技術、思考力の成長に影響してくるとは思う。
でも、人智を超える運みたいなものは日頃の行いを良くするしかないような気がする。
だから大会の片付けの手伝いをしっかり頑張ります。
楽では無いけど、楽しい文化祭
先日、文化祭で劇をした。
自分が高校生の時はやる気なく、何をやったかも覚えていない。非協力的でダメな生徒だった。
今、担任をするようになって学校行事は、クラスをまとめる上で本当に大事なイベントだと考えている。
クラスには書道選択や音楽選択の生徒がいる。
僕は美術教師であり、美術選択以外の生徒はロングホームルームと総合的な探究の時間以外は授業で関わらない生徒がいる。
だから学校行事は担任としてクラスに関わる大事な機会と考えている。だから精一杯やる。
生徒にも楽をさせないよと言う。
うちの学校は1年生はステージ発表で、2年生は食品バザー(屋台)だ。
僕のクラスは1年生なのでステージ発表だった。
生徒に何したい?と聞くと
生徒達は「劇がしたい」「ダンスがしたい」というアンケートが多数を占めた。
よくあるのだけれど、劇は恥ずかしがる生徒がいたり、ダンスは苦手な生徒もいたりと温度差が出て、難しさがある。
そこでその日は終わり、考えた。
次の週に僕は
「じゃあ、2つを合わせてミュージカルしないか、ライオンの王様とかどう?」
全国的に有名な劇団の動画を見せながら、衣装を作って、動物になりきってやりたいと考えた。
衣装があると恥ずかしがらずにできるかな、ダンスも動物になって動かすと苦手を誤魔化せるのではと考えた。
みんなに動画を見せたところ、やる方向でみんな考えていたのだが、
一人の女子生徒が
「バナ太郎がいいです!」
と言った。バナ太郎って何?と聞き返すと
「バナ太郎はバナ太郎です!」
バナ太郎とはバナナから生まれた桃太郎みたいな奴だそうだ。もちろん、その生徒のオリジナル。
せっかく意見を出してくれたのでバナ太郎をすることにした。

次の週にその子が台本を書いてきたので役決めをした。
主役であるバナ太郎は「バナ太郎は私がします!」と台本を書いてきた彼女が立候補する。
みんなで踊るダンスもすでに彼女が決めており、「ハイスクールミュージカル」という映画の挿入歌「We're All in This Together」に合わせて踊ることになった。
僕はその映画を見たことないので詳しく知らないが。
バナ太郎の仲間はユニコーンとウサギとバスケ部男子。

敵はサル。手下3匹とボスザル。

衣装作りはダイソーのフェルトと段ボールを使うと安上がり。
みんなで縫い縫い、衣装を縫う。衣装や道具ができて来ると生徒のテンションは上がってくる。
そうすると劇の練習にもさらに力が入る。
台本が早かったので通しをしながらみんなで練り直し(探究だなと思った)、ネタの詰まった、キャラがそれぞれ引き立つ話になった。
人の非難をせず、仕方なくするわけでもなく、一生懸命、良くなるようにアイデアを出し、劇やダンスの練習に取り組む姿に生徒達がかわいくなってしまった。担任としてのやりがいだなと。
あと2年間、担任したいなと思った。
当日はキャラが出るたびに大盛り上がった。
ボスサルにバナ太郎がやられ、おじさんとおばあさんが
「みんなの応援が必要だ、まだ足りない!」
と声をかけるがもうすでに会場はバナ太郎の声援で十分盛り上がっている。
復活したバナ太郎にボスザルがやられたシーンが一番の大盛り上がりだった。
その盛り上がりのまま、ダンスに突入。
見事、ステージ部門1位を獲得した。
ダンスについては僕は150回くらい練習した。
まぁ、下手なりに、頑張る姿を生徒に見せないと。
僕はちょうど体育でダンスを習わない、最後の世代。男子は武道選択だった。という言い訳だ。
ダンス練習に励み、体がキレすぎ、振り付けの次が気になって先に行こうとする。
まぁ、下手ってことさ。
楽は必ずしも楽しいことではないと考える。
生徒の良い思い出になったはず。
まぁ、何でも頑張るのは無理だけど。
コンクールにすべった

良い時ばかりでなく、こんな時もある。
都合の良い時だけ出していても仕方ないのでブログにする。
地元新聞社が主催する絵画コンクールに毎年応募している。
本当は違うコンクールに出そうと思っているのだが、いつもこの時期に来る。
このコンクールの賞はグランプリ、審査員特別賞(4点今年は3点)、入選、落選の4種類しかない。
昨年、一昨日も審査員特別賞に選ばれ、いよいよ今年はグランプリを取る!と勝負かけたつもりが・・・
入選だった。
上手くいかないですね。
恥ずかしいことにグランプリ取って、インタビューの電話がかかって来る夢まで見たんですよ。
寝起きで電話を受けて上手く声が出なくて苦しんでいる夢だった。(悪夢?)
まぁ、声が出なかったのが暗示していたのかもしれないけど。
しかもこのコンクール、審査結果発表と同時に今年で最後という事になり、ダブルでショック。
うちの県に美術団体が主催しない県規模の美術コンクールがなくなってしまった。
これからは基本、県外に応募しないといけない。
美術コンクールは全国規模のものでもビエンナーレ(2年おき)、トリエンナーレ(3年おき)など、回数が減って来ており、閉じてしまうところも出てきている。
今日は1日、ブルーだった。
半年以上描いて来た作品だった。
47歳になって、こんな審査される経験ができるのも美術をやっているおかげだと思う。
歳を取るとみんな、怖くなってコンクールに出さなくなる。
それでも出し続けている人は偉いと思う。
ここからまた這い上がっていく。
こんな経験を経て、美術の人は打たれ強くなる。
明日の生徒の話のネタにしよう。
あーでもへこむなぁ。
小4に学ぶ人生を楽しむコツ 給食編
大したことではない。
小4の娘がもらって来た10月の給食献立表を見せて言う。
この日付の赤い色のは何でしょ?と。
この赤い色の日は好きな給食のメニューだそうだ。
餃子、春雨スープ、味付け海苔とか、大好きなメニューが出る日だそうだ。
赤字は13個ある。つまり2日に一回は大好きなメニューだ。
うちの娘を褒めるわけではない。
ただ、好きなことが多い人はそれだけ人生が幸せで豊かだと感じた。
逆を言うと嫌いなことやモノが多い人はそれだけ不幸だなと思う。
うちの娘が好き嫌いがないのは妻が離乳食で何でも頑張って食べさせたことが理由の一つにある。
妻の努力に感謝である。
万博であったように現代はキャンセルカルチャーが流行っているそうだ。
何かする前から良くないと叩いてしまう。
欧米でも問題になっているそうだ。
確かに不要なもの、無駄なものは減らす必要はあると思う。しかし何でも否定から入ってしまうのは何もできなくなってしまう。
それは幸せなことなのか、不幸なことなのか。
不幸なことだと考えたい。
歳を取ると自分の意見と合わないものを否定したがる。娘の給食献立表の様子に考えさせられた。
ちなみに娘の給食での目標は
「小6(卒業まで)給食を減らすことが0」
だそうだ。
小1より好き嫌いなどで給食を減らしたことがないらしい。
「NHK3ヶ月でマスターする絵を描く」を半年やっている。

NHKEテレで4月から3ヶ月にわたって
「3ヶ月でマスターする絵を描く」という番組をやっていた。小4の娘がその番組が気になり、見ながらやってみるかとチャレンジした。
なかなか毎週は難しくて、録画を見ながらやっと今日は11回目を終えた。全12回。
この講座はユーチュバーの柴崎春通さんが先生をしている。柴崎さんのことはこの講座で知ったが、絵画の通信講座をされていて、70歳くらいからYouTubeで絵の制作の動画配信をされ、現在も活発に活動されている78歳である。
チャンネル登録100万人を超えるつわ者である。
明るく笑顔で指導し、生徒に分かりやすいようにモチーフの形の捉え方等を教えてくれる。柴崎先生の元気よさ、行動力にそんな高齢者になりたいと思う。
その動画に従いながら、うちの子どもが一緒に描いていく。こまめに動画を停止しながら描く。僕は動画を止めて、子どもに柴崎先生が描いたところのポイントを伝える。
(ちなみに僕は描いてない)
その講座を受けながら、ゆくゆくは学校はこういう授業形態になるのかなと思う。
誰かすごい先生の授業を動画で見せて、現場にいる先生が補助的に解説する。
そんな形になっていくのかなと感じた。
まぁ、実際は1時間や2、3時間、制作にかけたものを30分番組にまとめているのであれっ!ここ描いてある、ここも!って感じで、子どもが制作するのも1時間半くらいかかる。
11回目は特に港での写生だったので、描く早さが大事で柴崎先生の上手さが先に行ってしまった。
今回は一緒に描く山之内すずさんもおいて行かれた気がする。
二人の掛け合いがこの番組の良いところなんだけど。


上が小4の娘、下が小6の息子の絵。
テレビの絵を見ながら描くのは難しい。
実際の風景を見て描いているわけでなく、柴崎先生の絵を見ながら描いている。
でも、人が描いているのを見る機会はなかなかないので何かと勉強になる。
↓興味がある人は見て下さい。
久々のはてなブログ

久々の投稿。
3月の卒業式の投稿以来、久々にアプリを開いた。
書いてない間も見てくださる人がいて、感謝です。また書き始めようかなと思います。
昨年度は3年生の担任ということで、進路指導でミスが許されないので余裕がなくなっていた。
おかげで生徒達も頑張ってくれ、クラス全員が第一志望に通ってくれた。
そしてその卒業式が前回の投稿。
今年度は1年生の担任とそれに関連した新しい学科の主任で新学科の内容で模索している。
あと、県教育委員会の仕事が新たに来た。
文部科学省の研修を受けて、高校の美術の先生に下ろす仕事。
まだ採用7年目なんだけど、下手に歳を取っている分、分不相応の仕事が回って来る。
県外に出張で出るようになり、大学時代の知り合いや予備校時代の同級生等と20年ぶりなんかに再会するのも嬉しかった。

県外の美術の先生と美術教育について意見を交わすのが楽しい。
県によって美術教育の実情が違う。
なんか、そんな歳になってきた。
自分の県だけでなく、日本全体で考えて学びなさいということなのかなと感じた。
ちなみに絵の画像は昨日、コンクールに出品した作品の完成前のものである。
今年度、留年した、通信制大学院の修了制作2点目が完成した。
2単位のために38万円(涙)
ちょっと時間に余裕が出て来たので、実験的に絵も制作していきたいと考えている。
今年の3年生に美術の進学もいないので受験指導もない。
また時々ブログを上げて行きます。
卒業式を迎えて

3月1日に卒業式を迎えた。
1年生から3年間持ち上がった学年だった。
ありがたいことに、うちのクラスは12月までに就職、公務員、私立大、国立大の推薦、専門学校と、それぞれ頑張り、第一希望の進路を決めてくれた。
そのため、ちょっと卒業式まで期間が空くので卒業式まで生徒の気持ちが高まっていくのかな?と疑問に思っていた、自分自身にも。
クラスのアルバムを作ろうと1月から材料集めをしていた。
また学年では生徒が決めた歌を、卒業式で歌うことが恒例になっており、
1月末からの家庭学習期間に各自で練習することになった。
ちなみに歌はRADWIMPSの「正解」だ。
家庭学習の期間に入り、生徒と別れた。
うちのクラスの生徒はすでに進路が決まっていたため、家庭学習と言っても大学からの宿題や自動車学校、新生活の準備くらいだった。
僕自身は気持ちも高まらず、アルバムも歌の練習もあまり取り組んでいなかった。
今になると別れを避けて考えないようにしていたのかもしれない。
2月の中旬に登校日が1日あり、歌の練習や新生活についての話などを行なった。
みんなあまり歌を覚えておらず、声も小さかった。
歌の練習をしっかりして良い卒業式を迎えようとみんなと別れた。
久しぶりに生徒に会うと急に卒業への寂しさが出てきた。
その日をきっかけに自分の中でスイッチが入り、通勤時間の車の中で卒業式の歌を1日10回以上、音源に合わせて歌って練習し、校歌も練習して3年目にして始めた完璧に暗唱できるようになった。
クラスのアルバムも10日間、数十時間かけて編集した。
昔は動画を作ってDVDにしていたけれど、最近はクラスの思い出の写真をもとにアルバムを編集し、印刷業者に入れて冊子にして配っている。学校の卒業アルバムに載せられない、普段の様子の写真にセリフを入れている。
卒業式への自分の気持ちの高まりを感じた。
卒業式前の2日間は覚えた歌の勢いで、生徒を盛り立てた。
教師が覚えてないと生徒をけしかけることはできない。
うちのクラスの生徒も頑張って練習してくれた。
もうすでに泣いている生徒もいたけど。
卒業式当日の朝のロングホームルームでも、声出しも兼ねて歌った。
卒業式は順調に進み、うちのクラスの生徒会長が答辞を読みながら
男泣きする姿にクラスの半分以上の生徒が頭を揺らして泣いていた。
(もっといたのかもしれないが僕の席からはよく見えなかった)
僕も釣られて泣いたし、うちのクラスが来賓席の真ん前だったので来賓も釣られて泣いた。
続いて、歌を歌うときは指揮者である生徒会長がわざとよろけて見せたり、
フリを大きく見せたりしてクラスの生徒を笑顔してくれ、
みんな泣きながら大きな声で歌っていた。
良い卒業式だった。
クラスの最後のロングホームルームを向えた。
一人一人が一言ずつ挨拶をした。
僕は絶対泣きませんと宣言していた生徒が自分の順番が来る前にすでに大泣きしていて、みんな爆笑した。
今回は秘密兵器を用意した。上の画像の切り枝の桜だ。
1週間前に子供が参加した市民マラソン大会の帰りに温泉施設に寄ったら、
売っていた。まだ、枝ばかりだった。
何とか、卒業式までに花をつけてくれと、外に出して日にあてたり、水を変えたりと世話をした。急な春の暖かさも合わさって、卒業式の前々日の夕方に咲き始めた。
卒業式当日は画像の半分くらいの数が咲いた。
最後の話はその桜にまつわる話をした。

この数日、枝のままだった。蕾は出てきたけど、なかなか咲かなかった。
同じ桜でも枝のままでは感動がないし、蕾でもちょっと弱い。
でも桜の小さな花がわずか10輪くらい咲いただけで春の訪れと喜びをこの教室全体に広げてくれる。
桜全体の数%の花が桜だけでなく、教室全体に幸せを与えてくれる。
みんなにもそんな存在になってほしいと。
今、社会では暗いニュースが溢れている。
でも、みんなが夢や目標を持って、追いかけ、努力して輝いて、
そして周りの人たちを元気づけたり、笑顔をあげられたら
人間としてこれだけ幸せなことはないかな。
と伝えた。
最後に撮ったクラス写真はみんな顔を赤らめ、笑顔の良い表情をしていた。
学校の先生は苦労の多い仕事であって、いろんなニュースが出ているけれど、
こんな姿を見られたら、とてもやりがいのある仕事だと思う。
大きなトラブルもなく(ちょっとはあるよ高校生だもの)、
それぞれの個性を認め合い、3年間1人も欠けることなく、全員で卒業できたことも嬉しかった。
残りの3月は腑抜けになりました。
卒業しちゃうと毎朝のショートホームルームや掃除指導、総合的な探究の時間も、ロングホームルームも学年会もなくて、授業が完全にない日もあって、部活だけしに来ているのかと思ってしまう。特に今回は国公立大学の後期入試の実技指導もないので。
最近は、あたかも異動(転勤)が決まっているかのように美術室の大掃除に取り組んでいる。
